物性基礎工学研究グループ (田仲研)
 

ワイル半金属



 ワイル半金属中の電子は、低温で相対論におけるギャップレスのワイルフェルミオンのように振る舞うという特徴がある。 このとき縮退していない価電バンドと伝導バンドが一点において接触しており、その点のことをワイル点と呼ぶ。 このワイル点を得るためには少なくとも時間反転対称性か空間反転対称性を破っていなくてはならない[1]。 なぜならば、時間反転対称性と空間反転対称性が同時に存在するとき、ブリルアンゾーン内の任意のk点において2重縮退(クラマース縮退)が生じ、 接触点近傍の振る舞いはワイルフェルミオンではなくディラックフェルミオンとなる。 次節で説明するようにディラック点の場合、考えているk点が特殊な対称点に居ない限り、ギャップを開けるような質量項が存在し、 バンド反発によりギャップが開いた状態が安定となる。

 この議論は以下のようにトポロジカル数を用いても説明することができる。ワイル点近傍の振る舞いは有効的に、

$H(k)=v (k_x \sigma_x + k_y \sigma_y + k_z \sigma_z)$

と書くことができる。 ここでv>0はフェルミ速度、$\sigma_i$ $(i=x,y,z)$はスピン空間のパウリ行列である。 ハミルトニアンからすぐわかるように波数とスピンの方向は固定されている。 従って、スピンの期待値をベクトルとして記述すると$k=0$を中心にスピンのベクトルが湧き出しているように見える。 他方、$H(-k)$の場合はベクトルの向きが反転し、逆にスピンのベクトルが$k=0$に吸い込まれているように見える。 この湧き出しと吸い込みはワイル点が持つトポロジカル数(チャーン数)が非自明でることを意味しており、それぞれ$C=+1$と$C=-1$を持つ。 また、電磁気学とのアナロジーより$C=+1$と$C=-1$を持つワイル点は、波数空間におけるモノポールと反モノポールとも呼ばれる。 ブリルアンゾーンの周期境界性より、チャーン数の総和はゼロでなくてはならない(ニールセン・二宮の定理)[2]。 よって、ブリルアンゾーン内ではモノポールと反モノポールが常にペアで存在する。 ここに先ほどの時間反転対称性と空間反転対称性の議論を加えてワイル点の安定性を考えてみる。 まず、時間反転対称性のみの場合、時間反転操作は$k \to - k$かつ$\sigma_i\to -\sigma_i$という変換を許す。 従って、$k$点と$-k$点には$C=+1$を持つワイル点が存在する。また、反モノポールも同時に存在しなくてはならないためある$k’$点と$-k’$点に$C=-1$を持つワイル点も存在する。 従って、この場合少なくとも4つのワイル点が存在する。次に空間反転対称性のみがある場合を考える。 空間反転操作の下で波数は$k \to - k$と変換するがスピンは不変である。 従って、$k$点に$C=+1$のワイル点が、$-k$点に$C=-1$のワイル点がそれぞれ存在する。 よって、この場合は少なくとも2つのワイル点が存在する。 最後に時間反転対称性と空間反転対称性が両方とも存在する場合を考える。 このとき上の2つの場合を組み合わせた操作が可能となり、スピンのみを$\sigma_i \to -\sigma_i$と変換させることができる。 従って、$k$点に$C=+1$と$C=-1$を持つワイル点が同時に存在し、互いにキャンセルする。 これはトポロジカルに自明になることを意味し、ギャップを開けることが可能となる。

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 ワイル点が非自明なトポロジカル数を持つことに起因して、表面にフェルミアークが現れる。 フェルミアークとは表面に現れるフェルミ面の”弧”であり、表面に射影したワイル点を結ぶように存在する。 フェルミアークはワイル半金属固有の性質であり、ワイル半金属である強い証拠を与える。 近年発見された時間反転対称性を持つワイル半金属TaAs[3]、NbAs[4]においてもARPESによりフェルミアークが観測されている。 また、パイロクロア型イリジウム酸化物[5]やHgCr$_2$Se$_4$[6]などもワイル半金属の候補物質として注目を浴びている。 ワイル半金属では異常ホール効果やカイラルアノマリー[7-12]、 電気磁気効果[13-17]など様々な興味深い現象が理論的に予測されており、 次世代のトポロジカル物質として近年研究が盛んに行われている。

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 ワイル半金属を実現する系で最もシンプルなのが、トポロジカル絶縁体薄膜と磁性不純物をドープした通常の絶縁体薄膜の超格子構造である[18]。 このとき磁性不純物によって時間反転対称性を破っており、磁化の方向は積層方向を向いている。 従って、この系は空間反転対称性を持つワイル半金属であり、ワイル点は少なくとも2つ存在する。 それぞれの絶縁体を薄膜にして積層しているため、トポロジカル絶縁体表面に現れるディラックコーンは上面と下面で混成を起こす。 このディラックコーン同士の混成の度合いを表すパラメータを$\Delta_T$、$\Delta_N$と書き、 それぞれトポロジカル絶縁体薄膜と通常の絶縁体薄膜の膜厚に対応する。 ワイル半金属になるためには、磁性不純物の磁化の大きさが$|\Delta_T-\Delta_N|$より大きい必要がある。 従って、$|\Delta_T-\Delta_N|$が小さいとき、ワイル半金属になる可能性がある。 実際、$|\Delta_T-\Delta_N|$が0に近い物質としてiPCM (超格子型相変化メモリ)がある[19]。 この物質はトポロジカル絶縁体と通常の絶縁体にそれぞれSb$_2$Te$_3$とGeTeを用いている。 特徴として温度を上げていくと結晶の構造転移が生じ、電気抵抗の高い相から低い相へ相転移することが知られている。 この2相の電気抵抗差を利用すればメモリとして活用できるため、近年次世代メモリとして産業的に注目を集めている。 第一原理計算の結果によると時間反転対称性と空間反転対称性を有する高抵抗の相において$|\Delta_T-\Delta_N|$の値がほぼ0になることが指摘されている[20]。 従って、もし積層方向に磁化が向くように磁性不純物をドープできれば、ワイル半金属になる可能性がある。 しかし、今のところ実現されたという報告はされていない。

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 一方、トポロジカル絶縁体薄膜と絶縁体薄膜の超格子構造は絶縁体薄膜の上下に電位差をかけるだけでもワイル半金属相が現れることが知られている[21]。 ここで、電位差は空間反転対称性を破る役割をする。 従って、ワイル点の数は積層方向に対する離散回転対称性に依存するが、時間反転対称性持つワイル半金属であるから、少なくても4つ存在する。


参考文献

[1] S. Murakami, New J. Phys. 9, 356 (2007).
[2] H. B. Nielsen and M. Ninomiya, Nucl. Phys. B 185, 20 (1981); H. B. Nielsen and M. Ninomiya, ibid., 193, 173 (1981).
[3] S.-Y. Xu, et al., arXiv:1502.03807 (2015); B. Q. Lv, et al., arXiv:1502.04684 (2015); S. M. Huang, et al., arXiv:1501.00755 (2015); B. Q. Lv, et al., arXiv:1503.09188 (2015).
[4] S.-Y. Xu, et al., arXiv:1504.01350 (2015).
[5] X. Wan, A. M. Turner, A. Vishwanath, and S. Y. Savrasiv, Phys. Rev. B 83, 205101 (2011).
[6] G. Xu, H. Weng, Z. Wang, X. Dai, and Z, Fang, Phys. Rev. Lett. 107, 186806 (2011).
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[9] H. B. Nielsen and M. Ninomiya, Physics Letters B 130, 389 (1983).
[10] V. Aji, Phys. Rev. B 85, 241101 (2012).
[11] A. A. Zyuzin and A. A. Burkov, Phys. Rev. B 86, 115133 (2012).
[12] C.-X. Liu, P. Ye, and X.-L Qi, Phys. Rev. B 87, 235306 (2013).
[13] M. N. Chernodub, et al., Phys. Rev. B 89, 081407 (2014).
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[15] Z. Wang and S.-C. Zhang, Phys. Rev. B 87, 161107 (2013).
[16] H. Ooguri and M. Oshikawa, Phys. Rev. Lett. 108, 161803 (2012).
[17] Y. Chen, S. Wu, and A. A. Burkov, Phys. Rev. B 88, 125105 (2013).
[18] A. A. Burkov and L. Balents, Phys. Rev. Lett. 107, 127205 (2011).
[19] J. Tominaga, et al., Nat. Nano. 6, 501 (2011).
[20] J. Tominaga, et al., Adv. Mater. Interfaces, 1 1300027 (2014).
[21] G. B. Halasz, et al., Phys. Rev. B 85, 035103 (2012).


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2013 Tanaka Lab.